高知地方裁判所 昭和39年(ワ)481号 判決 1966年1月13日
原告 高瀬久雄
被告 西川勝
主文
被告は原告に対し、金一六万円及びこれに対する昭和四〇年一月九日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
訴訟費用は、被告の負担とする。
この判決の第一項は、原告において金四万円の担保をたてたときは、仮に執行することができる。
事実
(原告)
原告訴訟代理人は、主文第一、二項と同旨の判決並びに仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、
(一) 被告は、訴外鈴木敏猪に対する約束手形金二二万円の債権につき、その強制執行保全のため、昭和三七年一月九日当裁判所より不動産仮差押決定(当庁昭和三七年(ヨ)第四号)を受けて、即日、その仮差押を執行したところ、右鈴木は、昭和三八年四月一〇日、右仮差押決定中に定められた仮差押解放金二二万円を高知地方法務局に供託し、かつ、即日、当裁判所より右仮差押の執行取消決定を受けて、その頃、右仮差押の目的不動産を他に売却した。
(二) 他方、原告は、右鈴木に対する高知簡易裁判所昭和三八年(イ)第三三号和解事件の執行力ある和解調書正本に基き、金六〇万円の債権の強制執行として、昭和三八年五月一六日、当裁判所に対し、右鈴木(債務者)の国(第三債務者)に対する右供託金取戻請求権を目的とする債権差押及び取立命令を申請し、即日、右命令(当庁昭和三八年(ル)第三〇七号)を受け、その命令正本が、同年五月一八日、右第三債務者(国の代表者高知地方法務局供託課長)に送達された。
(三) ところが、その後、被告は、右鈴木に対する本案(当庁昭和三七年(ワ)第四四号約束手形金請求事件)につき、勝訴の確定判決を取得し、これによつて右仮差押解放供託金の供託原因が消滅したとして、昭和三八年七月八日、高知地方法務局に対し、右供託金の還付を請求して、その全額の払渡を受けたため、原告は、右供託金から全然配当を受け得ない結果となつた。
(四) これは、高知地方法務局において、右事情を裁判所に届出で、その配当手続に委ねるべきものであつたところ、これと異なる見解のもとに、敢えて右手続に委ねることなく、当該仮差押債権者である被告に対し、右供託金全額を還付したことによるものではあるが、右取扱によつて、本来、原告が右供託金より受くべき配当金一六万余円は、これを受け得ないこととなつた反面、被告は、本来右供託金より受くることを得ない右金員をも利得したこととなるから、法律上の原因なくして、右金員を不当利得し、そのため原告に同額の損失を及ぼしたものとして、これを原告に返還すべき義務を負つている。
(五) よつて、原告は被告に対し、右利得金の範囲内において、金一六万円及びこれに対する本件訴状送達日の翌日の昭和四〇年一月九日から完済に至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求めるため本訴請求に及んだ。
と述べた。
立証<省略>
(被告)
被告訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として、
(一) 原告の請求原因事実中、次項記載の部分を除き、その余の事実は、すべて認める。
(二) 右事実中、被告が、本件仮差押解放供託金二二万円の還付請求をなして、その全額の払渡を受けたため、本来、右供託金より原告の受くべき配当金一六万余円は、原告の損失となり、被告において、これと同額の金員を不当利得しているから、原告に対し、右金員の返還義務を負つているとの点は、争う。
と述べた。
<立証省略>
理由
(一) 原告主張のとおり、被告が、昭和三七年一月九日、訴外鈴木敏猪に対する約束手形金二二万円の債権を被保全権利とする当庁昭和三七年(ヨ)第四号不動産仮差押決定に基き、仮差押の執行をしたところ、右鈴木が、昭和三八年四月一〇日、右仮差押解放金二二万円を高知地方法務局に供託して、その執行取消決定を受け、当該目的不動産を他に売却したこと、他方、原告が、昭和三八年五月一六日、右鈴本に対する高知簡易裁判所昭和三八年(イ)第三三号和解事件の執行力ある和解調書正本に基き、金六〇万円の債権の強制執行として、当裁判所に対し、右鈴木の右仮差押解放供託金取戻請求権を目的とする債権差押及び取立命令を申請して、その命令を受け、当該命令正本が、同年五月一八日、その第三債務者(国の代表者高知地方法務局供託課長)に送達されたこと、その後、被告が右鈴木に対する本案勝訴の確定判決を取得したので、同年七月八日、高知地方法務局に対し、右供託金の還付請求をして、その全額の払渡を受けたこと、その間、高知地方法務局において裁判所に事情届をしなかつたものであること、以上の事実は、すべて当事者間に争いがない。
(二) ところが、原告は、高知地方法務局のなした右取扱によつて、本来、右供託金から受くべき配当金一六万余円を受け得なくなつた反面、被告は、右供託金全額の払渡を受けて、原告の右配当金相当額を不当利得している旨主張する。当裁判所の見解は、原告の右主張とその結論において一致するが、以下これを説明する。
(イ) 元来、民事訴訟法第七四三条にいわゆる仮差押解放金は、仮差押が金銭債権の強制執行保全を目的とするところから、仮差押債務者に仮差押の目的物に代わる一定額の金員を提供させ(但し、実務は必ず供託させることにしている。)、これが供託されるときは、さきに執行された仮差押の効力を当該供託金の上に存続させて、その保全目的を完うさせるとともに、従前の目的物に対する仮差押の執行を取消すべきこととして、その間の利害を調整しようとするものである。従つて、この場合の供託金は、仮差押の執行停止又はその取消によつて蒙ることのある債権者の損害を担保すべき訴訟上の担保ではなく、又、その本案訴訟において、債務者敗訴の判決が確定する場合を予想し、債務の弁済に充てる趣旨で供託させるものでもないから、仮差押債権者がこの供託金に対し、実体上の担保権又はその他の優先権を取得するものでもないことは、その制度目的上明らかなところである。
(ロ) ところが、実務上仮差押解放金の供託手続は、弁済供託などの場合と同じく、供託規則第一三条第二項第六号により、当該供託書に「供託物の還付を請求し得べき者」として仮差押債権者を表示させる取扱をしているため、仮差押解放供託金に対する他債権者の差押に関し、混乱を生じている。そこで、右取扱を正当とする立場からは、現行供託法等の規定を根拠に、要旨次のような見解が示されている。すなわち、仮差押解放金が供託されると、仮差押債権者は供託所に対する当該供託金の還付請求権を取得し、仮差押債務者は同じく取戻請求権を有するにすぎないものとなる。従つて、仮差押債権者が当該供託金の払渡を受けるためには、その本案につき勝訴の確定判決を取得した旨を証明して裁判所から供託書の交付を受けたうえ、供託法第八条、供託規則第二二条以下の払渡手続により、供託所に対して直接供託金の還付を請求すれば足り、当該仮差押債務者の供託所に対する供託金取戻請求権につき、新たな差押、移付命令を得る必要はない。そして、この場合、仮差押債務者の有する当該供託金取戻請求権は、本来、供託原因の消滅を停止条件とするものであるから、仮差押債権者が本案勝訴の確定判決を取得することによつて、不発生に確定し、これを移付することは無意味となり、又、当該供託金還付請求権は、本来仮差押債権者自身に属するものであるから、その移付を受けることも無意味だからであるとする。本件についても、被告及び高知地方法務局は、いずれもこの見解に従つたものと想定される。
(ハ) しかし、現行供託法の条項を根拠に、仮差押解放金が供託されると、当該仮差押債権者は供託所(国)に対する供託金還付請求権を取得し、当該仮差押債務者は同じく供託金取戻請求権を有するにすぎないものとなると解することは困難である。むしろ、供託法第八条は、供託物還付請求の手続及び供託物取戻請求に対する制限を規定したものであつて、供託物還付請求権及び同取戻請求権の発生根拠又はその性質をも特に定めているものとは解せられないのみでなく、同法上にはこれを規定したものとみられる他の条項は見出せないからである。更に、叙上の見解に従うときは、訴訟法上従前の目的物に代わるべき仮差押解放金本来の意義は全く失われ、そのすべてが供託の法律関係として処理されるところともなる結果、債権者平等の原則がここに特異な例外現象を生じて、他の債権者(優先権の有無に拘らない。)はすべてなす術を失い、仮差押債権者のみが、つねにその全額の還付を受けることとなつて、仮差押解放金が供託されることなく本執行に移行した場合に対比し、極めて不当な事態を招来すること実に明らかである。
(ニ) 畢竟、このような不当な事態は、仮差押解放供託金の上に及ぶ仮差押の効力を、仮差押債権者の供託所に対する当該供託金還付請求権そのものと観念されていることによるのである。従つて、この考えによることは適当でなく、むしろ、仮差押解放供託金の上に及ぶ仮差押の効力は、当該供託者である仮差押債務者の供託所に対する供託金取戻請求権(但し、これは現行供託法上の用語をそのまま使用したものにすぎず、実質的には消費寄託による寄託物返還請求権にほかならないものと考えられる。)の上にのみ生じ、仮差押債権者の仮差押解放供託金還付請求権なるものは、本来発生する余地のないものと考えるのが相当である。そして、この場合の供託原因は、当該仮差押債権者が本案勝訴の確定判決を取得して本執行に着手することによつても消滅するものと解すべきであり(この場合は、その仮差押が執行保全の目的を達して失効するからである。)、更に、仮差押債権者が当該供託金によつて債権の満足を得るためには、仮差押債務者の当該供託金取戻請求権につき、他債権者による差押の有無により、新たに移付命令を受けてその全額を取戻すか又は強制執行法上の配当手続によつて、その債権額に応じ配当を受くべきものと解するのが相当である。
(ホ) これを本件についてみるに、原告は、被告(本件仮差押債権者)の本執行に先だち、前記鈴木(本件仮差押債務者)に対する金六〇万円の債権の強制執行として、同人の本件仮差押解放供託金二二万円の取戻請求権を目的とする債権差押及び取立命令を得て執行したのであるから、その第三債務者国(代表者高知地方法務局供託課長)において、右事情を裁判所に届出で、これを配当手続に委ねていたとすれば、右供託金から少くとも金一六万円の配当を受くべきことは、算数上明らかである。ところが、右第三債務者において、右取扱によることなく放置した後、被告から叙上の如く右供託金の還付請求を受けて、その全額を被告に払渡したのであるから、これによつて、原告は、右供託金から右配当金を受け得ないこととなつた反面、被告は、本来、右供託金から受けることを得なかつた右金員を、法律上の原因なくして不当に利得し、そのため原告にこれと同額の損失を及ぼしたものといわねばならない。従つて、被告は原告に対し、金一六万円及びこれに対する本件訴状送達の翌日に当ること記録上明らかであり、かつ、これによつて遅滞に陥つたことも亦明らかな昭和四〇年一月九日から完済に至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払義務を負つているものというほかはない。
(三) 以上の理由により、原告の本訴請求を正当として認容することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を、仮執行の宣言につき同法第一九六条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 川瀬勝一)